2004年10月31日

04年10月分

October 31, 2004 20:29:59
放浪中
暫し記事考察の為ネットを放浪中。
やおいの事だからと言っていい加減にしてると
竹箆返しを食らう事は、長年の経験から身に
しみて諒解しています。
いざと言う時に見失いがちな情報ですしね。

○●○

October 30, 2004 20:20:52
落穂はまだまだ落ちている
やおい事典用の言葉収集、まだまだ継続中です。
中々前には進めませんが、足掛かりが見つかって
また一歩進めた時の嬉しさはまた格別なものが
ありますね。
やおいの変遷を考える時、生まれては消えてゆく
言葉についてもやはり何らかの役割はあると思う
のです。せめてそれらについて何かを残しておき
たい気がします。
言葉を見つける度に、やおいの落穂はまだまだ
落ちていると思えてしまうのですよ。誰かが落として
くれているのかも知れませんが。

○●○

October 30, 2004 09:00:18
早手回し
早々にですが10/31配信分メールマガジン原稿入稿しました。
原稿用紙五枚とはメールにすると結構な分量なのだな、と
改めて認識しています。
これくらいの長さがメールとして読むにも丁度良い長さ
みたいですね。さて、次回は何を致しましょうか。
今までやってきた事の中からフォローが必要なものを
ピックアップして追補特集、坏と言うのも良いかも知れません。
海外のやおいも進化し続けている様ですしね。

○●○

October 28, 2004 16:54:24
紡ぐ縁
メールマガジン用掌編、一先ず脱稿です。
今一度見返して妙な点が見当らなければ入稿と
言う運びに致しましょう。

改めて、自分は文章を書くのが好きなのだなと
実感しました。とりあえず書きたいと言う思いが
先にあるのでしょうね。
それがやおいを始めとするこの方面のものだったと
言うのは、何かに導かれた縁なのでしょう。

○●○

October 27, 2004 16:23:20
隗より始める
メールマガジン用小説着手。進行しております。

小説配信を思い立ったのは、色々論ずる前に
我が身を以って実験した方が早かろうとやっと
思い切ったというのも原因の一つにあります。
筆者はもの書きとしてはまだまだ未熟な部類で
あります。それでも何か伝えるものがあれば、
と思い定めてキーボードに向かわせて戴いてます。
やおい関係資料探索もとりあえず一段落した様な感も
御座いましたしね。この辺で一つ趣向を変えて
みるのも良いのではないか、と思いまして。

自ら決めた締め切りに間に合うよう、きちんと
やっていきます。

○●○

October 24, 2004 18:45:30
ふと見回す台所
そろそろメールマガジン原稿に取り掛からねば。
実は頭の中は全くの白紙で御座います(苦笑)
入力と出力のバランスは取っている筈なのですが。
探せば何か供するものは出て参りましょう。
何が出てくるかお待ち下さいませ。

○●○

October 24, 2004 01:00:34
男なりの苦悶
例えば、
自らの思考を辿ってやおいについての視点を
探る事については、まだ楽といえば楽なんです。
資料で肉付けする事も出来ますしね。
反面創作の場合は、かなり苦吟します。
男だから判る生理もありますが、その描写を
一歩間違えると生臭さが出てしまいますからね。
どこをどう暈して、妄想の生まれる余地を発生させるか
…この手順に今も正直苦吟する事があります。

○●○

October 22, 2004 20:25:03
視点
時々、純粋な視点で萌えられなくなっている自分を感じて苦笑。
原点を忘れてはいけませんね。

○●○

October 19, 2004 16:30:46
波、遠近
メールマガジン入稿。さて、次はどうしようと
既に考えています。何かあっさりした内容のものを、
とだけは思っているのですが。

やおいを巡る議論にも周期的なものがあるのだろうか、
とぼんやり考えたりもします。
10年周期で物事の流行は巡ると世間ではよく言いますが、
あれは10年経てば世代交代がとりあえず為されるから
良かれ悪しかれ事象の再評価が起きるのだよ、という
事なのでしょうか。
その繰り返しの前ではデータを纏めておくと言う行為なぞ
無駄な足掻きであると断言されていないのはまだ救い
なのですが(苦笑)

○●○

October 18, 2004 16:28:09
展開
はてなダイアリーの拙記事を三篇。

絵を巡って・補足
絵師系BLOG村
絵師系BLOG村 其の二

SheezY ArtやdeviantARTに於いては絵師同士が電脳上で
交流をとりつつ、切磋琢磨しあうと言う感じの集団形成が
なされている様ですね。
其の為にはお絵描きBBSと言う場以外に何かが必要だった
のでしょう。出来るべくして出来た場なのでしょうね。

○●○

October 17, 2004 18:44:24
愚痴
メールマガジン原稿脱稿。
思っている事をきちんと言葉にする事の難しさを思い知ります。
小難しい表情をしている自分の文章に対して悪態をついたり
呆れたりする事も少なくはありません。

格式ばった言葉で物事を切り取るのは、ある意味楽なんです。
等身大の言葉で、自分も観察対象に入れて話せれば理想的
なのですが。

○●○

October 16, 2004 16:20:18
ふとした幻想
メールマガジン原稿、微妙に方向修正しつつ着手。
出来れば今夜中に脱稿まで持っていきたいと思って
おります。

作業が色々重なってきますと、ついつい逃亡したいと
言う気持ちが発生するもので御座いまして。
筆者の居住する地域にはまだ何箇所か土蔵が残って
いるのですが、あの中に閉じこもってこの道三昧資料三昧
出来ればなぁ、とつい思ってしまうのですよ。

流石に蝋燭の灯りでやおいショタ本を読もうと
までは思いませんけども。いえ、雰囲気が出そうで
興味はありますが。

○●○

October 14, 2004 21:06:42
定義試論の為の覚書
やおい:
用いられた当時は「(美形の)男性同士の性的関係を
示す場面のみを抽出した作品」

キャプテン翼同人誌ブームの中でパロディの謂れとして
用いた人々がいた、との伝聞あり。

以降今日に至る迄、既存の創作のパロディの一派として
認知される。又、広義に於いては男子青少年同士の恋愛を
描写する作品全般を指すと認識される。

広義と狭義の境目が曖昧になっており、それが未だに
論者達に混乱を与えていると思われる。
又、論議の様子を拝見するに論者達がそれぞれ微妙に
異なった自分なりの定義を元にしてぶつかるものだから、
小異の部分から綻びが生じ易くなっている様な感がある。
小異の部分を容認し合い、自己補完に役立てる論者も
最近出て来ている様には思えるが。

ボーイズラブ
:登場当初から「オリジナル作品」の謂れとして認識
されていた模様。但し、その指し示す所は人によって曖昧。
とりあえずJUNEからの系譜と見られるも耽美とは別種と
認識される事が多い。

○●○

October 12, 2004 18:15:55
発想
メールマガジン原稿、発想を得ました。
……何時もここからが判らないのですね。
筆がずんずん進む時もあれば山の如く
どっしり居座って進まない時もありますもので。
物語も喉まで出掛かっているものが幾つか
ありますから、詰まってしまわない内に
少し整理しておきましょうか。

○●○

October 10, 2004 19:36:48
足跡
サイトの再構築作業をしながら、自分の萌えの
筋道を辿ってみると、我ながら変化に乏しいな、と。
思った事をそのまま形にするのではなく、そこから
一捻りしようと言う姿勢が常にある様です。
萌えとは生鮮食品である、と一方では認識しつつ
自分でいざ筆を執るとこの姿勢。我ながら大いに
矛盾しているのですが、これも又一つの経緯なの
でしょうね。
時々零れてしまうこう言う言葉が、又何かの糧に
なれば良いのですが。

○●○

October 9, 2004 18:33:34
彼岸の後先
メールマガジン入稿。定期配信と言う形を定め
ていて良かったと思います。
これで不定期配信という甘えを出していたなら
この怠け者の事です。のんべんだらりと話題の
神様が降りるのを待つだけだったでしょう。
話題の神様の後ろ髪を見かけたら速攻で掴み
とって自分のものにする、そう言う訓練には
役立っているのかも知れません。

さて、TVでは新番組の開始時期。既に同人誌
アンソロジーが存在しているジャンルも御座います。
これから、どう戦局が動きます事やら。

○●○

October 8, 2004 19:13:01
好きこそ
メールマガジン原稿脱稿。
ここまでスレスレと言うのも我ながらなんと言いますか。
でも、休もうと言う気にはなれないのですね。
やおいショタについて書いておきたい、解き解し
たいと言う事は汲めど尽きせぬ感じでありますから。
愉しい業です。

○●○

October 7, 2004 21:31:17
筆波
メールマガジン原稿、着想を得る事ができましたので
今少しずつ書いています。スレスレですみません。
夏ごろのあの変な調子の良さはなんだったのだ、と
自分でも苦笑いしか出ないですね。
やおい萌えの度合いが知らず知らずの内に低くなって
いるのでしょうか?そうでもない様な気はするのですが…。

○●○

October 6, 2004 21:35:46
思考の奥歯
『賎のおだまき』を通読してみました。
翻刻人として名前が挙がっている人が大阪府の
人らしいというのに何とも言えない親近感を
覚えてしまう訳ですが。

閑話休題。
はてな方面で縁あって読ませて戴いた秋田雨雀の
『同性の恋』を読んだ時にも思ったのですが、
物語としては純粋な物語なのですよね。
それを読んで『ヰタ・セクスアリス』に在る
様な狼藉に至ると言う様な事があったと言う
のは、若さ故の思い込みが為せる業だったの
でしょうか。
一種のドリーム小説としての作用も、読む人に
よってはあったのかも知れませんね。

『ヰタ・セクスアリス』
森鴎外


青空文庫よりデジタルテキスト引用

『早稲田文学』明治40(1827)年6月号
※秋田雨雀『同性の恋』収録

○●○

October 5, 2004 20:20:11
短し長し
冷静に考えを進めれば素直な萌えが遠ざかり、
萌えを追い求める事を優先すれば記録するのが
鬱陶しくなります。バランスが難しいですね。
バランス良くやって行ける人でありたいと
思いはするのですが。

○●○

October 4, 2004 21:47:05
萌え想い
メインサイト再構築作業をしながら次号原稿内容を
検討中です。
自分の足元を再確認する、と言う意味で萌え語りを
させて戴こうかな、とふと思ったりもします。
自分が好きなものが見えなくなる事程、寂しい事も
ありませんから。

○●○

October 3, 2004 17:57:58
様ァ無い
萌えの事を調べているつもりで、身辺に溢れる萌えを
正視出来ていなかった様です。
萌えとの距離を取り損なわない様、気をつけなければ。

○●○

October 2, 2004 23:16:24
お約束の迷宮
やおいショタの世界が混迷しつつあるのは、
お約束の束縛力が薄くなっているからなの
だろうか、と今ふと思いました。
作品の世界観の根幹を為すお約束と言う
ルールは、同時に作品に接する私達を律する
戒律の様なものであったのやも知れません。
そのお約束が一部地域で拡散して迷宮の
様になりつつある今、混迷が生じるのは
道理の証明なのでしょうか?

○●○

October 1, 2004 20:57:08
萌えの後先
ある作品を読んでから萌えるのか、それとも
萌えのきっかけがあってから原典を読むのか。
微妙な差異が絡む事ですのでどちらが正しい、
とは断言できません。
いずれにしても、原典は当たるべきでしょう。
萌え以外の深い面白味に出会うかも知れませんし、
それに拠って又萌えが深まるかも知れませんから。
posted by 葡萄瓜XQO at 20:29| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 呟きarchive | 更新情報をチェックする
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